ギフト向けの合宿免許
クルマの品質問題は、電子化の領域でも深刻化の一途を辿っていく。
部品の信頼性は、車両メーカーにとっても危機的問題となっている。
不具合で交換する部品を無償保証するワランティ・コストが急激に膨脹しているのだ。
原価の三〜五パーセントに相当する費用がさらに拡大することは、すなわち利益の減少を意味する。
本来なら不具合を減らすようにすべきなのだが、現実にはそれが難しい。
そこで車両メーカーが取り組んだのが、複雑な不具合が出ても見つけやすく、直しやすくするための仕組みだ。
その一例が、問題解析回路の導入や部品の共通化だった。
ここに劇的な思考の転換があるのを見逃してはならない。
これまでの「品質問題を起こさない」といった考えから、「品質問題は起こるものだ」といった現実を容認する考えへの大転換だからだ。
車両メーカーは、「機械的なモノは壊れる」といった設計の原点に立ち帰って、仕切り直しをしようとしている。
ところが、トヨタの渡逓氏がいうように、ユーザーの品質に対する要求レベルはどんどん高くなってきている。
つまりは、みずからが築き上げてきた「日本車は壊れない」という高品質神話の呪縛にメーカーは悩まされているのだ。
劇的な思考転換をしたといっても、だからといって車両メーカー自身が「クルマは壊れるものです」「クルマの性能には限界があります」とは正面切って言いにくい。
特に日本では、それは難しい。
クルマは高価な商品、また安全性が重要視される商品であるがゆえに議論が感情的になりやすいが、ユーザー側も「機械は壊れるもの」「クルマの性能には限界がある」といった現実をもっと冷静に理解する必要がある。
我々はもっとクルマのことを正しく理解しなければならないし、クルマを賢く運転しなければいけない。
クルマの作り手たちが思考を大転換した今、まずはユーザーとして高品質神話など投げ捨ててしまうところから、クルマとの新しい関係がはじまるのではないだろうか。
この本は、きみたちといっしょにクルマ‐自動車について考えようという本です。
自動車にかかわるメカの話もあれば、歴史の話もあり、産業の話も、ほかの技術に関連する話も、車のマナーの話も出てきます。
全体を五つの章に分けてあります。
第1章はクルマは大衆のものになったということで、自動車はなぜ故障しないのかという内容です。
第2章はクルマとレースです。
レースでもなかなか車はこわれません。
再び自動車はなぜ故障しないかという問題が出てきます。
第3章は、そうしてこわれない自動車が出てきたのだが、クルマは世界を変えることになりました。
道路が大きく変わり、都市の風景も大きく変わりました。
そこで、交通マヒやら事故やら、あるいは都市の構造、我われの日常生活なども大きく影響を受けました。
第4章は、クルマは産業を変えた、あるいは経済を変えた、その話です。
たとえば戦後の高度経済成長を見れば一目瞭然です。
ヨーロッパでも日本でも、明らかに自動車が大衆のものになっていった。
そのために、たとえば日本で見ればガソリンスタンドやディーラーの店がどんどんできたし、鉄鋼工場や板ガラス工場などがどんどんできました。
それが経済成長の中軸となったのです。
第5章は、いったい我われはなぜ車に乗るのかという問題です。
自動車がこわれないのは非常に結構なのですが、自動車と自動車がぶつかればこわれる。
自動車が谷底に落ちればこわれる。
自動車と人がぶつかれば人は死ぬ。
そういう問題が大きく残っています。
しかも、道路や都市や経済が自動車のために大きく影響を受けていますから、そういう都市や道路や経済が自動車を要求するということにもなっています。
この問題は容易に解決しません。
したがって「クルマの未来は?」と我われが考えるとすれば、世界を変えなければならないことになります。
つまり、もし自動車を使うのならば、自動車に合うように世界を変えなければならないという問題がいちばん最後に出てきます。
これがこの本の全体の構成です。
エンジニアはきみ悪がっている私か車を使い始めてから、すでに三〇年近くたっています。
最近ふと気がついてみると、ボンネットを開けてエンジンルームをのぞくことが、まったくなくなっています。
これは、この五〜六年来のことです。
私はもともと技術系の人間ですから、かりに自動車が泥だらけ、ほこりだらけでも、メカの部分、つまり、たとえばエンジンルームなどはピカピカにしておこうという一種の見栄のようなものがあって、エンジンルームはたいていピカピカにしていたのです。
けれども、最近何かのことでエンジンルームを開けたら、エンジン、エアクリーナー、バフアリーなど、みな泥とほこりをかぶっており、ギョッとしたのです。
これは私の車の履歴から言うと驚くべきことです。
一〇年ぐらい前までは、ドライバーはしょっちゅうボンネットを開けていたものです。
あるいはジャッキを使ってボディーを一生けんめい持ち上げたものです。
なぜエンストするかなぜエンジンルームをのぞかなければならないかというと、エンストするからです。
空気とガソリンとの混合ガスがシリンダーの中に入っていくと、同時に、シリンダーの燃焼室で電気火花が飛ぶ。
それでガソリンが爆発的に燃焼して、その圧力でピストンが動き、その運動が車輪に伝わる。
だからエンジンが止まるということは、火花が出ていないか混合ガスがきていないか、どちらかなんです。
エンストした場合には、電気はバッテリーからきているのですから、バッテリーからシリンダーまでの筋道を追って、一つ一つの部品を点検することになります。
片方では、混合ガスはガソリンタンクと空気を吸いこむエアクリーナーからきていますから、ガソリンタンクやエアクリーナーからシリンダーまでの道筋を、混合ガスがきているかどうかをたどっていくことになります。
エンストの非常に平凡な原因は、ガソリンタンクにガソリンがないということです。
これはばかにならないのです。
ガス欠で高速道路で止まっておまわりさんに怒られた、なんていう話がよくあります。
私か最初に乗った車はスバル360です。
あの車は非常にうまくできていて、第一にガソリンの燃料ポンプがありません。
つまりガソリンタンクがエンジンの上にあるので、ガソリンは重力で下がってくるようになっています。
ガソリンが重力で下がるためには、がソリンの表面に空気がなければならないし、その空気が大気と通じていなければなりません。
したがってガソリンタンクのキヤ″プに小さな穴が開いているのですが、この穴にしばしば泥が詰まるのです。
それだけでガソリンがエンジンに行かなくなってしまう。
そこから、まず見るのです。
エンストのもう一つの原因は電気系統のトラブルです。
これはいろいろあります。
一つは、火花を出すプラグに問題が発生します。
「プラグがかぶる」といいますが、ガソリンでぬれてしまいます。
こうなるとガソリンが濃すぎて十分に燃えきれないのです。
ぬれてしまうと、火花は出ているけれども、熱が抑制されてよけい燃えない。
反対に、あまり高速で走り過ぎて、そのためにプラグが完全に焼けて表面の電極が酸化してしまう。
それで、これまたうまく発火しない。
あるいは、ガソリンが濃すぎると不完全燃焼になり、カーボンがプラグの電極にくっついて、それでまた火花が出ない。
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